【鬼短1.】顔無し鬼
…ある春の日。
桜は満開で、陽射しは暖かで。
幸せな空気に満ちた午後のこと。
ヒトの家から、おばあさんが一人こちらへやってくる。
彼女の名前はひさのさん。お嫁に来たその日から、わたしに毎日お話しをしてくれるヒト。
…おや?ひさのさん、その腕に抱いた赤ちゃんは…?
−"かおなしさま、かおなしさま。私の孫が生まれましたよ。女の子です。"
おや!ちっとも知らなかった。おめでとう、ひさのさん。
−"名前は、息子夫婦がつけました。なな、と申します。"
ななちゃん!とっても良い名前だ。
−"嫁は私と違って、貴方様にちっともお話しをしておりませんが
…どうか私に免じて、ななが幸せになるように、見守って下さい。"
そんな、ひさのさん!そんなに頭を下げないで。
わたしはお話ししないヒトだからって、嫌いになったりはしないから。
ましてや、こんな可愛い赤ちゃんが幸せになるよう願わない者なんていないでしょう。
−"この子が言葉を覚えましたら、お話しを教えようと思っております。
その時は、どうか可愛がってくださいませ。"
もちろん。ななちゃんのお話しが聞ける日を楽しみに待っていよう。
…あ。そうだ。
ひさのさん、て呼ぶのは今日で終わりにしよう。
これからは、おばあちゃん、て呼ばせて下さいね。
息子さんのまさやさんは、おとうさん。
お嫁さんのかなこさんは、おかあさん。
…ああ、幸せそうなおばあちゃん。
よく眠っているななちゃん。
わたしも幸せです。
この幸せが、ずうっと続くといいのに。