キミは聞こえる
近所だからああいう気張らない格好でも平気で顔を出せるのだ。
サンダルが男物なのは旦那さんのものか、それとも息子のか。
そういえば、東京にいたころは近所付き合いなんかなかったなと、小さくなる桐野母を見送りながらふと泉は思い出す。
やがて角を曲がった桐野母が視界から消えると、私も中に入ろうと向きを変えた。そのとき。
それじゃ行くかな、とうしろで達彦が靴箱の戸を引いた。
「泉ちゃんや、留守番頼むぞ」
「どこか行くんですか」
「友香が着替えを持って来てくれってな。今日も泊まるそうだ」
友香は町に唯一ある小さな病院に勤めている。
病院には定員をはるかに越える患者が入院していて看護師の数が充実していない町病院は非常に深刻な問題を抱えていた。
(これで三日目か)
ここしばらく友香の顔をまともに見ていない。帰って来てもすぐ呼び出されるため顔を合わせる時間もないのだ。
ろくに食事もとってないだろう。心配だ。
「よかったら私が行きましょうか」
「場所わかるかい」
「友香ちゃんに案内されました」
だいじょうぶです。
泉は頷くとカバンを置いて携帯と財布だけカーディガンのポケットにつっこんだ。
じゃあお願いするよ、と達彦に渡された紙袋を持って泉は病院を目指した。