キミは聞こえる
代谷藤吾。現在仕事のため海外に渡っている泉の父親だ。
泉は食べていたおにぎりを呑み込むと、尋ねた。
「父のことをご存じなんですか」
「知ってるさ。藤吾君はよく夏休みになるとこっちに遊びに出てきてね、一緒にいろんなちころへ行ったよ」
「結婚式で見たのが最後だったかしらねぇ。昔から素敵な方だったけれど、今もやっぱり素敵なの?」
「見ますか?」
泉はポケットから携帯を取りだし、今年の春撮った写真を見せた。出立前に一枚は残しておきましょう、と家のリビングで後妻が撮影したものである。
表情の乏しい私服姿の娘の肩に腕を乗せ、すらりとスーツを着こなした男がかがんでいる。最近のものではこれが一番新しい。
「あらぁ、見てよお父さん。相変わらず華があって素敵だわ」
「どれどれ。おお、ほんとだな。俺の二つ下とは思えない」
ころころと笑い合う夫婦に泉はほほえましさを感じると同時に、ほっと安堵の息をついた。
息子同様、あまり周りを気にせず言葉を発する桐野の母に、桐野の父親が気を害すのではと内心冷や冷やしていたのだがどうやら杞憂(きゆう)だったようだ。
「かーちゃん俺にも見せてくれよ。―――おお、これが代谷のとーちゃん? かっけー!」
「うわ、ほんとだ。めっちゃイケメン……てか、この場合ハンサム? ダンディ?」
否定の声が上がらないことに泉は素直に驚いた。
今まで他人に父を紹介したことがなかったため、かっこいいやら素敵やらハンサムやらと言われたことがなかったのだ。
どうやら泉の父は女の目から見ても男の目から見てもなかなかにイケているらしい。
「代谷とはあんまり似てないんだな」
「そうかしら。鼻とかアゴはすこし泉ちゃんの方が丸いけど雰囲気はよく似ているわよ」
「私は死んだ母によく似ているらしいから」
何気なく言った泉のひと言に、その場の空気がぴたりと止まった、気がした。