キミは聞こえる
風を纏うように―――……いや、確かな風となって大地を駆ける桐野のたてがみのような頭髪を見ながらふと泉は思った。
―――桐野くんが走ると世界はこんなに速く移動していくのか。
ビデオを早送りしているようにあっという間に流れていく見慣れた風景。
前方だけをしっかりと見据え突き進む横顔は、こんな状況だというのに綺麗だ、と素直に思ってしまうほどだった。普段長い髪で隠れている耳が露わになって、そこだけがほんの少し赤く染まっているのが見えて、寒いのかな? と思った。
桐野という風に自分も乗っかっているとやがてこのあたりでは一番大きいだろう代谷家が見えてきた。
救急車はまだのようだ。
それとも、もう行ってしまったのだろうか。
「おばさんっ!」
半ば蹴り開けるようにドアを乱暴に押すと奥からぱたぱたと忙しない足音が聞こえてきた。
靴を放り投げてリビングの戸を掴むと同時に友香の母が現れた。涙を堪えているのか目の縁は赤いものの濡れてはいない。
「おじさんは?」
友香の母は目だけで達彦の居場所を示した。
見ると、フローリングのリビングに似つかわしくない布団が乱暴に敷かれ、その上には苦悶に顔を歪め浅い呼吸を繰り返す達彦がいた。