キミは聞こえる

 桐野が泉の気持ちを無視するとは露ほどにも思わなかったが、無意識に体が反応していた。
 桐野と目が合うと同時、守るようにとっさに唇を手の甲で覆った。視界の端から桐野の手が伸びる。
 そこには軽く折りたたまれたティッシュが数枚挟まれていた。

「髪、濡れてる」

 ああ、と思った。 
 無言で受け取り、水滴の滴る毛先をつまむ。ティッシュがしっとりと濡れてしぼんでいった。

「……大丈夫か?」
「……」

 心配そうにのぞき込む桐野の手を、泉は知らず握りしめていた。
 桐野の手に一瞬、緊張が走った。硬直したのが泉の手にも伝わってきた。


 ―――なにか、掴んでいたかった。


 支えになってくれるものが、ほしかった。押し寄せる吐き気を緩和してくれるなにかが欲しかった。


 そう思い、気づいたら桐野の手を掴んでいた。

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