キミは聞こえる
そうか。
泉は老婆がなにを言いたいのか理解した。
えんえ。あい。
老婆の伝えたいことは、彼女の頭上にすでに正解がぶら下がっていた。
ドアをコツコツと叩いて小さく頭を下げ、勝手に足を踏み入れる。廊下よりもきつい薬の臭いが鼻孔を突いた。
泉に気づいた桐野があっ、と驚いた顔をした。
「代谷さん、どうしてここに――」
「おばあさんは、きっと点滴がないって言いたいんだと思う」
桐野の質問を無視してずかずかと老婆に歩み寄る。
近づいてみるとよくわかった。点滴注射用の袋は残りわずかの液体を残してほぼぺたんこにつぶれてしまっていた。
空だから、変えて欲しい。
看護士を呼んで。
そう言いたかったんでしょ? 泉は袋を指さして老婆に首を傾げた。
すると老婆は険しい顔が一変して穏やかな表情になり、頷いた。
それで、ようやく泉の言っている意味を理解したらしい桐野はぱっと姿勢を正すと、
「俺、看護婦さん呼んでくる!」
わたわたと病室を出てナースステーションに走っていった。
背中を指でつつかれ振りかえると老婆が口を開いた。
「あ……あと、う」
考えずともなにを言いたいのかはすぐにわかった。
けれど、泉の耳にはしっかりと老婆の"声"が聞こえていた。
ありがとう。
助かりました、と。