キミは聞こえる
達彦の具合は順調に回復している。食事も来週には出来るようになるだろうと主治医の先生はおっしゃった。顔に赤みと笑みが戻ってきたのを見たときは心の底から安堵した。
しかし。
あのときあの状況で素人の泉たちに達彦を苦しめている原因が≪虫垂炎≫だとは判断できるはずもなく、達彦の苦悶に歪んだ顔が眼裏によみがえるたび、胸のあたりが締め付けられて苦しくなった。恐怖が全身を支配して、息が出来なくなる。
盲腸とはいえ侮っていい症状ではないことは確かで、ときは一刻を争うものだった。
――――――もし死んでしまったら。
母さんのように。
またひとつ、大好きな人の笑顔がこの世から消えることになってしまったら。
(そんなの、もう御免だよ………)
今の今まで隣で笑っていた人がちっぽけな写真一枚になって灰になるなんてあんな経験、もう嫌だ……。
「―――ねぇ代谷さん」
「なに?」
康士に呼ばれはっと我に返る。
「そ、そのさ、代谷さんは、年下ってどーおもう? へいき?」
そっぽを向き、もじもじしながらなにを言うかと思えばなんだその質問は。なぜ頬がうっすら赤みを帯びているのかわからない。
年下って、どう思う? 平気?
どう? 平気?
――――――なにが?
会話を止めていい場面ではおそらくないと思うのだがこれという相応しい答えがまったく浮かんでこないのだから口も動けようがない。
彼が桐野の弟だということをいま、あらためて、猛烈に、納得した。
この意味のわからなさ加減たるやまさに遺伝! 見えない電波信号! 家族とは、兄弟とは、恐ろしいものである。
そして彼らのその不思議で、珍妙で、はっきり言ってしまえば変な会話の犠牲にされている自分。
「どんまい」の一言では片付けられないいろいろな感情と責任が彼女の中を駆けめぐっている。
どうしよう。
誰か助けて。マジで。