キミは聞こえる
 桐野は二人に背を向け、おもむろに着替えはじめた。
 服を脱ぐとき、ほのかに土と太陽の匂いがした。

「桐野ー、帰ろうぜ」
「おう、ちょっち待ってな。つかおまえ、着替え早くね」
「早く帰りてーから」

 気が合いそうな発言を漏らしながら姿を現したのは知らない顔の男子生徒だった。高い鼻を自慢するかのようにそこだけが真っ赤に焼けている。
 大人の中にも少年らしさを濃く残す桐野と対照的な「あなた、ちょっと老けすぎじゃね」「絶対、高校生じゃないだろ」と突っ込みたくなるほどに大人な雰囲気を全面に引き出した顔つきだ。
 得顔と言うべきか、損顔と言うべきか―――非常に微妙なところである。
 学ランがコスプレにしか見えないあたり、なんとも言えない。

「よしっ終わった。置きベンも完璧。じゃあ帰っか」
「おう」

 くるりと桐野が泉たちを振りかえる。

「二人はまだ帰んねーの?」
「もう出るよ。代谷さんも、でしょ?」
「うん」

 代谷さんもでしょ? もなにもないだろう。一時間以上前に帰ろうとしていた人を無理矢理引き留めたのはいったい誰だ。
 しかしそんな文句を言うよりいまはただ、
 やった、ようやく帰れる。解放される。
 ということに尽きた。嬉しすぎて文句も引っ込んでいく。

 うきうき気分ですでに準備万端のスクール鞄に手をかけた、そのときだった。

「―――代谷サン」

 悪夢が、やってきた。
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