キミは聞こえる

一章-3


 自動ドアをくぐり、極寒の外へと足を踏み出した。軽く身震いする。

 口から漏れる息は白い。信じられない。
 明日明日五月だというのにこの寒さはもはや一種の凶器だと思う。

 マフラーに顔半分を埋めるように首を引っ込め、止まった足を叱咤した。

 夕陽は遠く西の空をわずかに染めているだけだ。泉の真上は濃紺色で、すぐうしろには夜が迫っている。

(早く帰ろ)

 止まっていると余計に寒い。
 夜になったら凍え死ぬ。

 感覚のなくなってきた指先を温めようとカーディガンのポケットに手を突っ込んだ―――そのとき。

 規則正しい足音が背後から迫ってきているのに気づいた。
 誰かが走っている。はっはっと息が切れている。

 ジョギングか? 信じられない。この寒い中なんて健康的なことか。
 私にはとうていムリだ、走っている間に凍りついてお陀仏だ、などとくだらないことをつらつら考えそのまま歩き続けていると、


「―――代谷さん!」
 

 大きな声ではっきりと自分の名前を呼ばれてぎょっとした。
 反射的に振りかえると、ジョギングだと思っていた走者はまさかの桐野だった。

 走っていたのは私に追い着くためだったのか。 

 母親同様そばかすの浮いた鼻先を赤く染めて桐野は、間に合ってよかった、と笑った。


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