キミは聞こえる
母親が生きていた頃は近くのたい焼き屋からよく買ってくることがあった。彼女の好物だったから、泉も週に一度は食べていた気がする。
父と二人になってからは買いに行く機会は激減して、やがて店自体に行かなくなった。
一人で食べるのはなにか物足りなくて、かといって二つ買っても父親が帰ってくるのは夜遅く、すっかり冷めきったたい焼きをレンジで温め直して食べるのは、すごく、虚しかった。
―――それに。
たい焼きを食べると、どうしても母親の生きていた頃の姿を思い出してしまって、ときおり食べながら胸が詰まった。そこから先、口を付けられなくなるという拒絶反応を起こしたことも一度や二度じゃない。
そんなことから、やがて徐々に食べる回数が減って、
そしてとうとう、店に近寄りさえしなくなったのは――――――
『―――泉、おまえのあたらしいお母さんだぞ』
『こんにちは、泉ちゃん。これからよろしくね―――』
(………)
「―――さん。代谷さん?」
佳乃の声ではっと現実に帰る。
不思議なものでも見るような顔をして、佳乃は泉をのぞき込んでいた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって。………もしかして、さっきのこと?」
「さっき?」
首を傾げると、佳乃は慌てた様子で手を振った。
「いや、なんでもないならいいんだ。気にしないで。あっ、来たよ」