キミは聞こえる
「彼女を作れば諦めの付く女もいる。もちろんそうならないしつこいやつもいるけど、それでも、コイビトっていう事実が、二人に、もしくは個人個人に近寄ってくる邪魔を阻む壁になる」
「だからってそうコロコロ彼女を変えるのは人としてどうかと思うけど」
「来るもの拒まず、去る者負わず。俺、寂しがり屋なんだよね。だから誰かしらに隣にいて欲しいんだ。だけど大丈夫だよ。彼女がいるときはちゃんとその人のことしか考えてないから」

 なにが、大丈夫だよ、か。
 吐き気を覚えた。まったく呆れた男だ。女をなんだと思っているのだ。

「それに、好意を寄せて近づいてきてくれる子たちのことを邪魔って言うのはどうなの」
「それはきみも同じじゃないのかな。俺にさんざんしてるじゃない」
「あなたの言動は好意じゃない。ただのからかい。すくなくとも私にはそうとしか思えない。冗談じゃない」

 設楽は肩をすくめた。

「健気、って言ってほしいな。きみに気づいて欲しくて一所懸命になってる俺の気持ち、わからない?」
「ぜんぜん。こういうの、なんていうか知ってる? ストーカーって言うんだよ」

 心の中で留めておけなかった。
 いい加減にして欲しいという強い思いが、腹の中でどす黒い渦を巻く。
 おかしなことを言って逆上させたら今度こそ逃げ道はない、そうわかっていたのに、気づけば思いは脳の制止を聞く前に言葉となって飛び出していた。

 設楽の表情がすっと冷えたそれに変わる。唾を飲み込む。
 しかし泉はあくまでも毅然と、彼の表情に動じることなく、設楽を睨みつける―――――が。

「やっぱり代谷さん、いいよ。ぞくぞくする……。俺、自分がこうと決めた人から顔を背けられるとますます燃えるんだよね」

 予想外の反応だった。設楽の口角が愉しげにくいっと動いた。
 それからゆっくりゆっくりと泉のほうへと歩き出す。
 泉は身構えた。

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