キミは聞こえる

「代谷さんて歩くの早いんだね。意外だったな」

 それはつまり、私は"とろい"と思われていたということだろうか。失礼な。
 まあ実際、普段とろいことは事実だからなんとも言えないのだけれど。それにしてもはっきりと言ってくれる。

 悪びれる様子もなく意外だと笑う桐野はおそらく本心から言っているのだろう。……天然か。

 泉は顔を半分かくしたまま桐野に尋ねた。

「……私に用?」

 なにかあるならさっさと話して欲しい。
 こっちは寒くていつもの三倍増しの速度で歩いていたのだから。早く暖を取りたい、その一心で。
 ああ寒い。
 止まるとことさら寒い。

 この寒さの中、平然と笑っている目の前の男の気が知れない。これぞ地元の強さか。

「うん。さっきはサンキューな」
「さっき?」
「ばーちゃんがなに言ってるのか通訳してくれたろ。マジ、助かった」

 ああ、そのことか。
 特に気にも留めていなかったからこの短時間でも忘れてしまっていた。

「久しぶりにばーちゃんが笑ってるとこ見られたよ。ほんと、代谷さんのおかげ」

 あれくらいのことでわざわざ追いかけてくるとはなんて律儀な男だろう。
 素直に礼を述べる桐野に泉は驚いた。

「別に、礼を言われるほどのことでもないから」
「でも言っとかないと俺の気がすまないしさ。助かったのは事実だし。それにしても代谷さんよくわかったよな。俺ずっとそばにいたのに点滴のことなんかさっぱり気づかなかったよ」

 桐野は自嘲した。
 恥ずかしいぜ、と頭をかく桐野を見上げ、泉はぽつりと言う。


「―――……でもそれは、おばあさんの言葉をちゃんと理解しようと努力してたからでしょ」


 
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