キミは聞こえる
『いま、なにか………』

 聞こえなかった? と続けようとして、泉は口を噤んだ。
 ……そうだ。聞こえないのだった。
 自分以外は、だれも。

 泉は小さく首を振り、一歩下がって道をゆずった。

『な、なんでも、ない……』
『そう、ならいいけど。そうそう三番、おめでとう。あいかわらずすごいね、泉』

 一人でいることが多かったとはいえ、まったく交流がなかったわけではない。
 桐野ほどしつこくはないものの、泉にも話しかけてくれる気さくな性格の生徒はわずかにだが存在した。彼女はその数少ないいわゆる物好きの一人だった。

 泉同様どのグループにも混ざることなく、特定の誰かを転々としていた亜矢嘉は、クラスを仕切る者たちの圧力を上手くかわし、ときには自ら加わったりとその場の状況に応じて立ち回り、生活していた。
 こんなふうに泉に気軽に口を利けるのも、亜矢嘉の持つ天性の人付き合いの上手さが、彼女にたいする嫌悪感を抱かせないよう周囲をコントロールしていたからだった。

『あ、ありがとう』

 亜矢嘉らが通り過ぎて、泉は廊下の端に寄ると、もういちど掲示板のほうへと視線を向けた。

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