キミは聞こえる
 まだ大勢の人がそこにはいた。
 声が誰のものであったか、判断のしようがない。それに、声が聞こえたのはあの一瞬だけだった。もう、なにも聞こえない。すくなくとも、あの背筋を凍らせるような声は、泉の脳を刺激しない。

 誰が言ったのか。
 また、誰に向かって言ったのか。

(まさか、わたし―――――?)

 どくんと心臓が大きく胸の中を飛び跳ねた。どくどくと、鼓動は早く、強く、泉の中を暴れはじめる。
 
 私に言っていることだから、聞こえるのか。
 だから、私にしか、聞こえないのか。
 それまで幾度となく聞いてきた嘲笑も、悪口も、すべて泉にあてられたものだったのか。

「ま、さか」

 ふいに視界がぐにゃりと歪んだ。
 暑くなど無いのに、むしろ寒いくらいなのに、汗が噴き出し、こめかみ、頬、あごへと流れてぽたりと落ちた。
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