キミは聞こえる

三章-10

「えっ、代谷きょう休みなの?」
「そ、そうだって。さっき職員室のまえ通り過ぎたとき、理事長が安田先生に言ってた」

 朝練習を終えて教室に入ろうとしたとき、栗原がめずらしく自分から話しかけてきた。内容は、代谷が発熱したため今日一日欠席する、というものだった。

(やっぱ今朝までには回復しなかったんだな)


 ―――昨夜、夕飯ぎりぎり前、なにやら物憂げな面持ちで悠士が帰宅した。
 弟に武士の士と紹介されるだけあって、なにも言わなくても威圧感のある顔がさらに凄みを増し、近寄りがたい感じだ。

 進士ちょっと、と肩を叩かれて廊下に連れて行かれる。

『なんだよ兄貴。こんな時間までまた自主練してたのか』
『ああ、もうすぐ大会だからな。だがいまはそんなことはどうでもいいんだ。実はな、さっき友香んトコの泉ってはとこに会った』
『は、代谷? あいつがどうかしたのか』

 驚いた。悠士の口から友香姉(ねえ)以外の女の名前が飛び出すことがあるとは思わなかったのだ。
 女子から人気があるわりにまるで興味が無く、会話の大半はサッカーか野球。兄弟同士で話すときはそこにときどき友香姉との無意識のろけが混ざるくらいだ。

 そんな友香姉一筋の悠士が自分から代谷の名を口にするとはただならぬなにかがありそうだと、桐野は集中して悠士の言葉に耳を傾けた。

『痴漢かなにか、変質者に会ったかして逃げてきたところを偶然出くわしたんだ。とりあえずそのまま家まで送ったがどうにも様子がおかしい気がしてな』
『様子がおかしい……?』

 眉を寄せて尋ねると、悠士は頷いた。腕を上げて、手首へと視線を落とす。


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