キミは聞こえる
『いきなり俺の袖を掴んだんだ』
『それは怖い目に遭いそうになったからじゃないのか』
『それもあるだろう。だけど、俺はただやばいやつに会ったから怯えているだけだとは思わなかった』

 悠士の表情が引き締まるとつられて桐野まで険しい顔になっていく。特定の誰かについてあまり話をしない悠士がここまで気にして止まないのだ。自然、こちらも真剣にならざるを得ない。

 無言と視線で先を促す。

『実は、家についてすぐ、玄関先で意識を失って倒れたんだ』
『倒れた!?』

 おもわず声を上げてしまい慌てて口を塞ぐ。悠士に睨みつけられて、ひっと喉が鳴った。

『わ、悪ぃ兄貴。で、代谷はどうなった』
『ひとまず俺が部屋まで運んだ』
『部屋!? まさか私室じゃ―――』
『バカ言うな。空いてる客間に運んだだけだ。いちいち大声出すんじゃねぇようるせぇ』
『ご、ごめんつい……』

 チッと舌打ちして悠士は続ける。

『友香はただ疲れが出ただけだろうって言ってたけどな。でも俺はもっと、なんかこう…あの子の負担になる決定的な出来事があったような気がすんだよな』
『痴漢遭遇だけじゃあなくて、か?』
『ん、ああ、そうだな。俺もそこまではわかんねぇけど――――――あ、悪い、友香から電話だ。ああ友香、俺だ。どうした。従妹は起きたか』

 このいかにも亭主関白的な昭和口調でよく友香姉は我慢できるものだ、と思う。俺が女ならまず近寄れないし、会話も出来る限り避けるだろう。

 悠士が電話に出たことで一人ぽつんと置き去りにされた桐野は急に手持ちぶさたになり、ポケットから携帯を取りだした。
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