キミは聞こえる
 今日は午後に先生方の会議があるとかで昼食も部活もなしで午前下校という内容だった。おかげであっという間に学校が終わってしまい、これじゃあなんのために来たのかわからないな、と己の集中力のなさにほとほと呆れながら帰り支度をしていると、ふいに声がかけられた。

「ああ、桐野。いま帰りか」

 担任の安田(やすだ)だった。

「はい。今日は部活もないんで。こんな早く帰れるのなんて久しぶりっす」
「じゃあ中間テストの勉強でもしろ。もうすぐ大会に向けて練習試合だ延長だって忙しくなんだろ。やれるときにやれるもんはやっとかんとな」
「軽くボール蹴ってからしますよ。ほどほどに、すけど」

 へらっと笑うと持っていた茶封筒でぺしんと額を叩かれた。

「まぁ休むのも大事だけどな。それよりおまえ、少し頼まれ事をしてくれないか」
「なんすか?」

 安田は茶封筒をさしだして言った。「これを代谷に届けて欲しいんだ」たしか近所だったよな、と付け足す。

「近所っつっても、田舎サイズの近所スからたいして近くじゃあないですけど。帰り道ですよ」
「ならいいんだ。頼む」
「別に大丈夫ですけど理事長に頼めばすぐじゃないっすか」
「頼めると思うか? 俺が」

 ―――まぁ、無理だよな。
 教頭でもない、主任でもない、まだまだ若造としか思われていない一教師からすれば理事長はあまりに遠く雲の上の存在なんだ、ということだろう。軽々しく頼み事をお願いできる相手ではないのだ。

(俺からすれば近所の気前のいいおばちゃんなんだけどなぁ)

 立場が違うとこうも受け止め方が変わるものか、としみじみおもう。

「もうすぐ授業参観があるだろ。んで、そのときに保護者会があるんだけど、代谷の家はおそらく参加は無理だと思うんだ。だからそのときの一応案内と、配るときの資料が入ってるから目を通すなり、郵送なりしてくれ―――ということまで説明、よろしくな」
「うす」
「じゃあ頼んだぞ。もうすぐ門閉まるからなー、だらだらしてねーでとっとと帰れよー」
「はーい」

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