キミは聞こえる
 *

 代谷家の門を通り抜けると、庭の畑をいじっていた友香姉の母親とちょうどよく目が合った。にこりと笑いかけられて小さく頭を下げる。

「あら進士君、いらっしゃい」
「こんにちは。あの、代谷―――泉さんに会えますか。プリント届けに来たんですけど。あっ、無理そうなら渡して―――」
「大丈夫だと思うわよ」

 最後まで聞かず、友香の母はそう言った。
 手に泥をつけたままぱたぱたと小走りで玄関にやってくると戸を開け、「ちょっと待っててね」と言い置いて奥へと消えていった。階段を上る音がする。代谷の私室は二階なのだろう。
 やがて二人分の足音が聞こえてきた。
 現れた代谷はあいかわらずぼーっとした表情をしていた。眠そうな声で言う。

「桐野君」
「おう。熱が出たって聞いてたけど思ったより元気そうだな」
「みんなが―――特に友香ちゃんが大袈裟に言っただけ。休むほどじゃなかった」
「そうなのか?」
「うん」
「でも起きたときは六度八分もあったじゃない。こりゃあ休ませなきゃ駄目だわって友香が騒いでたわよ」
「七度なかったら平熱だよ……」

 ぽりぽりと頭を掻きながら代谷はこぼした。寝起き直後なだけなのか、朝から周囲に過保護にされてそろそろ嫌気が差し始めているのか、声に疲れが滲んでいる。

「泉ちゃんは平熱が低いから七度なくても休ませないとって。それに、目が覚めたばかりのときはずいぶんだるそうにしてたから、これで学校行かせようものなら私が病院に一日入院させるとまで言ったのよあの子。そこまで言われたら休ませる以外ないじゃない」
「……そういえば言ってた、そんなこと」
「さすが友香姉だな。しっかりしてるよ」
「あんまり頼もしすぎてときどき枕元で声を落とすのを忘れるから、困るんだけど」
「はは」
「…笑い事じゃない」

 眉間にシワを寄せる代谷に意地悪っぽく笑ってみせるとますますシワは深くなった。
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