キミは聞こえる
「あ、そうだ桐野君、いまからすこし時間あるかしら。美味しいお菓子を頂いたの。よかったら食べていかない?」
「いいんですか!? あっ、でも俺、昼メシ家で用意してくれてるんスよね。帰らないと兄貴に全部食われちまうかも」
「ちょっとよちょっと。ね、上がって」

 どうするべきか判断を仰ごうと代谷に視線を送ると、彼女は桐野の視線に気づくことなく廊下脇に寄せられたスリッパ立てから来客用らしいいくつかある同柄のスリッパの中から一つを抜き取り、ぱたっと落とした。顔を上げ、そこでようやく視線がぶつかる。
 あいかわらず周りを気にしないマイペース主義だなぁと思っていると、いささか怪訝そうな顔で代谷は尋ねた。

「……上がらないの? お菓子、あるって」
「や、もらうよ。ありがたく頂戴させてもらいますよ、ははは」
「……?」

 首を傾げる代谷を気にせず、靴を脱ぎ、お言葉に甘えて上がらせてもらうことにする。
 病み上がりだからか、代谷の声には元気がなく―――まあそれはいつものことだが、いつにも増して張りがない。なさ過ぎる―――また、声が若干低めなので、断るとあとが怖いような気分にさせた。

「水まんじゅうじゃないっすか。上手そう。―――あれ、代谷はないの?」
「お腹いっぱいだから。気にしないで」
「じゃあ遠慮なく。ああそのまえに、まずここ来た本当の理由を渡しとくな。ほいこれ」

 安田に託された封筒を差し出す。
 受け取ると、代谷はさっそく中身を確認しはじめた。

「……なに? 宿題?」
「保護者会の案内と、そんとき話される内容が印刷されたプリント。代谷が読んでもいいし、親に送ってもいいし。あんま代谷が気にすることじゃあねーよ。それよりこれ、めちゃくちゃウマイっすね」
「そう? よかった。はい、お茶」
「すんません」

 ぱさっと音がして視線を向けると、代谷は早々に封筒の中身から興味をなくしたらしく、のりしろを折ってテーブルに置いていた。
 桐野の向かいで、出された茶を静かにすすり一息つくと、

「あ、そうだ」

 なにかを思い出したように顔を上げた。
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