キミは聞こえる
 まさかここでその話題を持ち出されるとは思わず、完全に油断していた桐野は顔から火を噴く勢いで真っ赤になって否定した。

「いやっ、いいんだ。具合悪いって兄貴から聞いてたのにかけた俺が間違ってたんだ。代谷が気にすることはなんもねーよっ。俺のほうこそ、ごめんな」

 代谷は首を振った。

「間違ってたとか、そんなことはない。うれしかった。だけど気づいたの夜中の三時だったから、かけるにかけられなくて」
「そ、そうだったのか」

 たしかに夜の三時といえば爆睡の頂点だ。仮にかかってきたとしても出られる可能性はきわめて低い。
 いつもなら。
 しかし昨晩は―――正直に言えば今日の午前中までずっと―――妙にそわそわして、寝ては起きての繰り返しだったのでほぼ間違いなく出れた自信がある。たぶん、コール一回目にして受話ボタンを正確に押せた。

 ―――しかし、いま気にするべきポイントはおそらくそこではないだろう。

 うれしかった。

 いま、確かに代谷は俺に向かってそう言った。言った。夢じゃない。言ったんだ。
 俺に向かって!

(明日、雨にでもなるんじゃねぇ、こりゃ)

 とか言いつつ、内心ではすっかり舞い上がっている。頬が緩みきってにんまりするだらしない顔がテレビに映り、慌てて両手で顔を覆う。
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