キミは聞こえる
 さらりと言われて危うく聞き流すところだった。
 桐野はゲームをいったん止め、代谷のほうへと体を向ける。なぜ画面が固まったのか理解できていないらしい代谷はふたたび画面とコントローラーに視線を行き来しはじめた。
 呑気というか危機的意識が弱すぎるというか、もはやフォローのしようがない。
 がっとコントローラーを奪い取って無理矢理自分のほうを向かせた。

「なんだよそれ! どうしてここで設楽が出てくるんだよ」
「どうしてって、そんなの私が知りたいくらいだけど。橋のたもとに設楽って人が立ってて、話しかけられて、怖くなったから逃げた。運良くお兄さんに会えて助かった。運んでくれたことにも感謝してます、って帰ったら伝えて」

 言いながらもちらちらテレビのほうを気にする代谷にとうとう堪忍袋の緒が切れた。
 そばにあったリモコンで電源を切る。

「あ、切れた」
「あのなぁ代谷! おまえ、もっと自分のこと大事にしろよ! それ、ストーカーだぞ! この間といい、昨日といい、おまえがやばいって感じたらそこからは立派な犯罪なんだ。わかってんのか」
「わかってるけど、私に対抗する術なんか無いから、そうなったら逃げるしかないでしょ」
「それはそうだけど、じゃあ警察に通報するなり代谷家の人たちに言うなりしたかよ。友香姉とかは」
「……」

 代谷はなにも言わない。
 視線は奪われたコントローラーへと向けられているが、動かない眸はここではないどこかを見ているような気がした。

「代谷―――」
「言えるわけ、ない」

 見ていなければおそらく見逃しただろうくらいに一瞬、ほんの一瞬、代谷は顔をしかめてそう言った。
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