キミは聞こえる
 声が聞こえないことはそのまま、心がないことを意味するのか。
 ……いや、そんなことはないはずだ。誰しも心はある。いくら非情は人間だって、心に優しさがないだけで、ちゃんと心は備わっている。

(友香ちゃんの言ってたなかなかムズカシイって、もしかしてこのこと……?)

 のぞけない心。
 閉ざされた無音の闇。

 それはそのまま表情、態度に表れるのではないか。
 心が正常に作動していなければ、すべてにおいて無関心になる。
 なんとなくだが、わかる気がする。
 翔吾の表情を見たとき、なにを考えているんだろう、―――とよく泉も言われることだが―――と思った。魂が抜けてしまったような、すべてがどうでもいいような、そんな表情。
 あーんしてとスプーンを伸ばす看護士を嫌がるでもなく拒絶するでもなく、ただただ外を眺めていた。

(なんの反応も示さなかったら、それは確かに面倒かもね)

 声が聞こえない以上、自分に出来ることはないと、泉はトイレを出た。友香とすれ違わないようナースステーションの前を通らずに病院を後にして泉は家へと向かった。

 その間、ずっと頭の中をぐるぐる回っていた一つの疑問―――。

 なんとかして翔君の声を聴くことは出来ないものだろうか。

 心がない人間なんていない。
 ただ、彼の場合、いまはすこし、心が上手く作用していない。
 だから、すべてにおいてぼんやりしているし、看護士を困らせてしまっている。
 彼女たちは翔君が聞き分けのない子だと思っているかもしれない。

 しかしそうではない。
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