キミは聞こえる
 桐野にしてはめずらしく泉を気遣って不審者――桐野以外はそう思っている――に会ったという事実をできるだけ隠してあげようとしているのだろう。

 しかしそれにしても。

 いくら気心の知れた弟だからとはいえ送迎をさせるからにはそれなりの理由を聞かせ、納得を得た上で向かわせるのが筋というものではないのか。
 だいたい……

 こいつもこいつだ。

 なぜなにも聞かされずにあいわかったと頷いてしまうのだろう。
 本人に尋ねる前になにかしらの情報を集めておくべきだ。来てくれたことはありがたいが、素直に言うことを聞いてしまう弟がまったく疑問でならなかった。

「あ、もしかして聞かないほうがいい?」
「この町にも危険人物はいるんだね、ってことだよ」
「それってちか―――そ、そっか。それは、最悪だったね」

 やはり痴漢に結びつくのか。まぁ最悪というのはそのとおりなので否定はしないけれど。

「じゃあなおさら気合い入れて送り迎えしないとね」
「そんな気張らなくてもいいよ」

 あんなのさすがの設楽も一度きりしかしないだろう。警察を呼ばれたら事だ。その場合、友香が激昂して駆け込みかねない。ちなみに友香の祖母は理事長だ。下手な真似は一度が限界だろう。

 でもやはり、隣に誰かがいるというのは落ち着く。
 お互い、ぎこちなさは先日病院でばったり出くわしたときに取っ払われたと思うし、彼も桐野同様人懐こい性格だが、年下なのでやや大人しめに下から物を言う低姿勢が素晴らしい。
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