キミは聞こえる
昼休みを迎え、迷いなく泉の席にやってきた佳乃は当然のように泉の机に自分の弁当を広げた。追いやられるように出していたノートやら教科書やらをしまい、自身も机の脇に提げていた弁当を広げる。
そのとき。
「上尾! 福田! 今日俺らに体育館使わせてくれるってさ」
「マジで!? 今日って女子バレーと男バドじゃねっけ?」
「女子バレー部が急遽練習試合で鈴北(すずきた)に呼ばれたらしい」
「よっしゃー!」
開いたドアから首を伸ばして桐野の周辺に集まっていた男子の一部の名を呼んだのは設楽だった。
今の一言でそういえば設楽はバスケット部員だったのだな、と思い出す。それも代表だったはずだ。あんな趣味の悪い待ち伏せをするやつが代表とは…ハッ、団体自体の実力も底が知れるというものだ。
とそこでふと、
(そういやこの男がやったことって、私にも出来るのか)
何気なくそんなことを思った。
そうすると自然、同類、という設楽の言った単語が頭をよぎって食欲が失せるが、もし本当に設楽が自分と同じ能力を持っていて、かつ、その能力が自分のはるか先を行く"心で会話を結ぶ"という嘘のような本当の出来事を現実にほいほいと出来るのであれば、もしかすると泉自身も訓練次第によっては可能なのではないだろうか。
(そうすれば翔君にもなんらかの刺激を与えられるかもしれない)
病院で翔吾のことを聞いてからずっと頭の隅っこにこびりつくように残っていた無情の横顔。恐ろしいほどに静まった心。
考えないようにしていた設楽という男をふたたび目の当たりにして浮かんだ一つの解決路。動かない少年の闇に光を――――とまでは行かずとも、黒以外のなにかの色を彼の心に落とすことができるかもしれない。
それがきっかけとなって、差し出すスプーンに気づかないのではなく、せめて嫌がるような素振り、表情でも見せてくれたら。
能面のように微動だにしない幼顔に本来の子供らしさが戻ってくれたら。
(…………)
友香の役に立てるなら――――。
泉は弁当のフタを開ける手を止めて、意識を設楽に向けて集中した。