キミは聞こえる
雨が止んだから――。
それ以外の理由はなかった。
このチャンスを逃がすわけにはいかないと、泉は一心不乱で駆け出した。
空はまだ重く曇っていて、いつまた次の雨が来るかしれなかった。だからその前になんとしてでも家に滑り込もうと思い、猛スピードで階段を駆け登り走って帰った。
とにかく濡れたくない一心だったのだ――
などと桐野に言えるだろうか。
自分は彼女に気を悪くするなにかをしたのだ。だから走って逃げられた。どうしたら真実を知ることが出来るだろうか。
二週間、そうずっと思い悩んでくれていただろうに。
あなたのことなどまったく気にしていなかった。私の眼中には空から降ってくる雨しか入っていなかったのです。
(とは、さすがに言えないよなぁ)
マフラーに顔を深く埋め、泉はちいさく唸った。
すると、返答に窮する泉に気付いた桐野は、やっぱり、と肩を落とした。
「やっぱり俺のこと嫌ってるんだ?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないよ! そうじゃないけど、少し言いずらい」
嫌われているのではと桐野が不安だったのは、自分に対する話し方だけではなかった。橋の下でのことがあったせいだ。
泉に逃げられたと勘違いした桐野は、なにかしてしまったのだと自分を責めた。
しかし学校で尋ねようにも泉に近寄るのはなかなか勇気が要ることで、いざ話しかけても、ろくな返事をもらえない。
泉の口調は、他の生徒にはすこしきついくらいに思われても、桐野にしてみれば一言一言が鋭い刺だったのかもしれない。悪気を感じていたのならなおさらだろう。
結果、自分は嫌われていると思い込んだというわけだ。
(どうしよう)
真実を告げるべきか、このまま桐野が折れるのを待つか。
出来ることなら言いたくはない。
けれど、桐野が返事を諦めるということは、泉が彼を嫌っていると認めたことにならないか。
それは駄目だ。
うるさいとは思うが嫌いではない。今後を考えても誤解は解いておくべきだ。
泉は意を決して顔を上げた。