キミは聞こえる
「金曜日な、中学でテストなんだよ。それなのに、あいつうっかり勉強そっちのけで練習しちまうんだよな」
「兄貴譲りだな」
「うっせーよ。俺はテスト前はちゃんと机に座ってます」
「だけど読んでるのは漫画ってね。意味ねー」
「うっ、うっせーよ! 読んでるのは漫画でもその下に敷いてんのはノートだ」
「やっぱり意味ねーじゃねーか」

 げらげら笑う男子の中心でむすっと唇を尖らせる桐野が見えた。
 そのとき。

≪なんとか切り抜けたな。よかったよかった≫

 安堵の息が聞こえるくらい、ほっとした桐野の声が泉の頭に流れてきた。

 危ない危ない。設楽と話した直後で、集中力が散漫気味のようだ。なんだか矛盾している気がするけれど、他にいい表現がない。
 鋭い意識が分割されて、あちこちに飛び散っているようなよくわからない感覚。とりあえず、頭が軽く痛いことは確実だ。

 意識していないのに声が勝手に入ってくるとは。

 ―――でも。

(桐野君)

 自分のため、桐野がわざと嘘をついて千紗と響子の質問を上手くかわしてくれたおかげで、

「なぁんだ、取り込んだ事情なんて言うからちょっと期待しちゃったじゃない」
「ほんとだよ。でも、あらためて考えてみればそもそも泉が彼氏をそれも年下の男をどうどうと学校の前までなんて連れてこないか」
「それはそうだ」

 彼女たちは納得してくれた様子だ。助かった。これで質問攻めから解放される。

 だが、本当の意味で助かったと思うのは、桐野の発言を利用して、次に他の誰かに尋ねられたとき"具体的でそれらしい嘘"を泉も自分で言えるということだった。取り込んだ、なんて自分でも意味深だと思う逃げ文句ではなく、相手を納得させられるだけのまるで真実のような嘘をその場で言えれば、千紗たちのようにずるずると気にさせずに済む。

 男子の輪の中心で「おまえが真剣なときで、顔とやってることが比例してるのはサッカーしてるときだけだもんなぁ」とからかわれて抗議する様子を眺めながら、泉は、揺れる桐野の背に向かって呟いた―――

 心の中で。

(ありがとう、桐野君)
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