キミは聞こえる
 教師が声を上げると、練習していた生徒たちの一部は「やったー」と喜びながら、一方で、体育を嫌う泉たちはげんなりしながら――よりによって泉のチームが試合をするのは泉たちが練習していた場所から遠いほうのコートだった。……はぁ、と思った――それでも駆けていく。

「女子もビブスはちゃんと着けろよ」

 前回の授業で着たのは泉のクラスであったから、今回は着ずに済んだ。ラッキー。

「互いに礼ー」

 審判を務めるのは試合のないサッカー部だ。泉たちの試合を担当するのは桐野である。
 かったりぃなぁ。と思いながら何気なく顔を上げる。

 ぎょっとした。

「よろしくー」

 なんと泉の目の前にいたのは設楽だった。にっこり微笑みかけられて全身が粟を噴く。とっさに視線をそらそうとしたけれど硬直して上手く指示が身体に伝わらない。

「なに見つめ合ってんの泉。さっさと行くよ」

 千紗に引っぱられて一歩目が大きくよろめく。「うっ、うん」急いで体勢を立て直して泉は定位置へと向かった。

 泉が任されているのは自分たちのゴールの斜め前だ。キーパーが現役のサッカー部――ちなみにポジションはキーパー――なので、泉は半ば飾りとしてそこに置かれている。間違っても後ろにさえ蹴らなければ邪魔にはならないから、と言われた。

 ホイッスルが鳴り響く。

 バスケ部で足を買われているらしい設楽はコートを縦横無尽に駆け回る。
 器用な足さばきの早いのなんの。適当なところでパスを送り、返され、また送り、それらを繰り返して着実に距離を詰めてくる。
 個人プレーに走らず全員参加で攻めてくる姿勢はなるほど、桐野と同じ、人気者になるであろう素質をうかがわせるものだった。

 設楽がチームを先導しているからなのか、設楽チームの面々は泉たちのチームに比べて授業に対する姿勢とか顔つきといったものがまるで違う。

 必死な男子と、それなりに着いていく女子。
 かたや設楽チームからは全員がサッカーを楽しんでいるという明るさや弾けさを感じた。――なんというか、青春だ。

 泉からすればただ鬱陶しいばかりだけれど。

 ―――だが、そんなことはいまはどうでもいい。
< 243 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop