キミは聞こえる
(やっ、やばっ、どんどんこっち来るじゃん……!)

 ゴールを狙われることより、やつが接近してくることのほうがよっぽど泉にとっては精神的負担が大きいのだ。
 ついぽろっとボールをこぼすような羞恥プレーをしてはくれないだろうか、と迫り来る変質者もどきにあたふたしながら、

(あ……っ! そうか)

 とっさに泉はあることを思いついた。
 そして即座に実行する。

≪ちょっと! 授業ごときになにマジになってんのよ!≫

 予想通りだった。
 設楽の表情がほんのすこしだけ揺れた。泉の"声"に反応した証拠だ。
 また泉と心を繋いだまま、身をひそめていたのだろう。
 へっ、ざまぁみろ――と、

 そう思った次の瞬間。

≪授業中まで二人きりで話せるなんて、俺、うれしーな≫

 ……表情に変化は見られた。それは、事実だった。

 ――しかし、

 彼が見せたその顔は、泉の予想とするところではまったくない、余裕綽々といった不敵の笑みであった。
 泉の作戦など屁でもないように口許を甘く緩めたまま、砂埃を上げ、巧みにボールを操るその姿はもはや、人とは思えないものだった。
 どんな有名なサッカープレイヤーにも、ここまでの、ある意味での興奮は感じないだろう。

 おそろしい、と思った。

 ホイッスルがゴールの合図を告げる。

「俺、サッカーもけっこー得意だったり? へへ、ちょっとは格好いいとか思ってくれた?」


 ―――シュートを決めたのは設楽だった。
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