キミは聞こえる
「さすがに悪いよ。体操着、砂埃ついてるし」
「いいっていいって! そんなの気にしないって! つか、こんぐらいしないと、俺の気が済まないから。さぁ、どうぞッ」

 勢いよくそう言ってしゃがみ込んだ少年に、泉は狼狽えた。
 姫、お手をどうぞ、とは向きが違う。ワイシャツの中に着ているTシャツが透ける。

 ……どうすればよいのだ、この状況。

 考えてもみろ。

 背負われた状態で放課後の騒がしい廊下を公衆の目に晒されながら進むのか?
 というよりまず、年頃の男子の背中に掴まれと?

 なにより、 

 胸部を強打していまも痛くてしょうがないのにその胸部をさらに押しつぶせと?

 気が済まないからと矢吹少年は意味のわからないことを言っていたが、そんなのはこちらの台詞だ!

 私だって耐えられん……!!

「歩けるから。どうぞ、部活に行ってください」

 笑顔を取り繕い、なんとかそう言ってベッドを降りる。内履きの代わりにスリッパが用意されていた。

「だけど……」
「泉、気づいてた?」響子が尋ねる。
「なにが?」
「誰が泉にボールをぶつけたか?」

 首を振る。

「気づいたときにはもう目の前ボールだけだったから」

 そのあとは空で、それからまもなくして意識が途絶えた。
 ボールを蹴り飛ばした者が誰かなど、背中に受けた痛みに比べればどうでもよかった。

 矢吹が頭を下げる。

「ほんっとにごめん! 俺、同じ班なのに……」

 ああ、だからか、と矢吹のつむじを見下ろしながら納得する。

 桐野、佳乃、千紗、響子、同じチームの女子の中に混ざってなぜコイツがいるのかと思っていた。
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