キミは聞こえる
「いいの?」
「いいよ。こんなの軽いもん。歩ける?」
「なんとか。でも、早くは歩けないけど……勉強、だいじょうぶ?」

 テストだと言っていた。自分になど時間を割いて欲しくない。
 康士は朗らかに笑って首を振った。

「だいじょぶだいじょぶ。そっちは一夜漬けとか、やまはるとか、なんとでもなるから」
「そっか……。ごめんね」
「だからいいって」
「うん……。あの、よかったらもう一つだけ頼みを聞いてくれない?」

 小首を傾げる康士。
 泉は手を差し出して言った。
 
「ひじょうに申し訳なんだけど、もしよければ、手をつないでもらえる…?」

 次の瞬間。
 康士の顔が火が付いたように真っ赤になった。

「ええっ!」
「あ、だ、駄目…だよね。そうだよね…年頃の男の子の手を汚しちゃまずいよね。ごめん」
「い、いや、そうじゃ、ないんだけど……その……いきなりで、びっくりしちゃって」

 もぞもぞと康士は言った―――言ってから、なぜか空いた手をズボンにこすりつける。
 それをそっと泉に向けて差し出した。

「いいの?」
「……」

 無言で康士は頷いた。

 じゃあ、と泉は躊躇いなく康士の手を取った。

 康士の手がぴくっと震え強ばったのがわかった。
 申し訳ないと心の中で謝罪の言を紡ぎながら、ふと、これじゃあ本格的に老婆だ、と思った。すまんねぇお若いの。

「じゃ、か、帰ろ、っか」
「うん」

 へっぴり腰の高一女子と手を繋ぐ康士少年を周囲の人間はどう思うのだろう。
 そればかりが気になり、また、申し訳なく思う泉であった。

< 267 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop