キミは聞こえる
 そりゃそうだろ、と心の中で軽く突っ込む。

 自分とは縁もゆかりも、血の繋がりもないのだから。顔も見たことがない人間の結婚を手放しに祝えるほど、心豊かな人間ではない。

「眠いからじゃない? 喋り方に覇気がないから」
「……はぁ? おまえいつも覇気なんかねーじゃねぇか」
「なにそれ、しつれー」

 ほらそれだよ、それ、という呟きが衣擦れ音に混ざって聞こえてくる。
 もちろん無視だ。

「話戻すけど、夜まで帰ってこないんだろ? だったら家に飯食いに来ないかって、かーちゃんが」
「迷惑でしょ。いいよ。おばさん、ごはん用意してってくれるって言ってたし」
「ああそれ、今頃うちのかーちゃんがいいって断ってると思う」
「……は?」

 わけがわからない。息子と一緒でずいぶんと余計なことをしてくれるな桐野母。
 それでは今日の私の夕飯はなしということではないか。

 ………コンビニだな。

「おまえと一緒に飯が食いたいんだってさ。彦さんの体調が落ち着いてきたころ、代谷かーちゃんと約束したんだろ?」
「また寄ってねって言われた」

 忘れていたわけではない。
 断じてそうではないのだが、
 ……だが残念なことに、桐野家近くに足を向ける用事がなかったため先延ばし先延ばしになっていた。

「だろ。ちょうどいいから誘ってこいって言われたんだ。かーちゃん、代谷が来るかもわかんないのにまぁ張り切っちゃってよ。だもんだから、来てくれねぇと俺があとからどつかれるんだよな」
「私、米と塩で平気だから」
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