キミは聞こえる
 知らないわけじゃない。
 だが、すべてを知っているわけでもない。

 聖華は、以前まで銀座のクラブでホステスをしていたと聞いた。
 それより前は知らない。

 彼女にはもう一つ名があり、そちらは寿々嘉(すずか)というそうだが、聖華で通している。店で使っていたのがどちらかは知らない。ただお母さんと呼べるようになるまでは聖華さんと呼べとだけ言われた。

 仕事の付き添いで連れていかれたときに知り合い、交際が始まったのだという話だが、両親の馴れ初めになど興味はない。

 彼女を詮索する気も、あれこれ尋ねる気も、泉にはなかった。
 人というものに今以上に興味がなかったし、それに。

 藤吾の連れてきた女なら文句はなかったから。
 父がこの人と決めたのなら、泉からなにを言うこともない、と。


 しかし……


 本当に、まったくなかったのかと尋ねられれば、答えは、否だ。

 ……正直、ほんのすこし、心配ではあった。


 それでも了承したのは、嫌だと言って藤吾を傷つけたくなかったし、困らせたくなかった。だからいいよと答えた。

 おそらく世間一般で誰しもが思うことなのではないだろうか。

 水商売から上がってきた女。

 藤吾は金を出したわけではないけれど、聖華に店を辞めさせ、ある意味身請けをした身だ。
 彼女は店の稼ぎ頭だったらしい。客も相当取っていたことだろう。

 客はもちろんすべて男だ。彼女はそういう仕事を選んだのだから。

 聖華という人間自体にどうこう言うつもりはないけれど、過去のこととはいえホステスだった頃の夜の聖華がどうしても気がかりに思えてしまうのは否めない。

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