キミは聞こえる
 家庭に入ると決めて、きっぱり仕事とは縁を切り、藤吾の夫としてそして泉の母として彼女は共に過ごした二ヶ月弱の期間をつつましく頑張っていた。
 それは認める。
 認めるけれど、泉が見ていた聖華の姿はそれだけだ。

 足を洗うではないけれど、仕事を辞め、客との付き合いは綺麗さっぱり絶ち切った、と口ではどうとでも言える。

 聖華には両親がいないらしい。だから実家の心配はしてはいないけれど、仕事が仕事だっただけに、どうしても微かな不安が影のようにつきまとってくることだけは仕方ないだろうと泉は思っている。もちろん、聖華本人には打ち明けていないけれど。

 すべてをオープンに受け入れられるほど人間単純ではないから。私は、あくまでも結婚を認めただけであり、結婚を決めた父さんではないのだから。


 時間が要る。


 ホステスという仕事自体を否定するわけでも非難するわけでもないけれど、これから先の彼女との付き合い方、過ごし方次第で不安が消えていくことを願うしかない。


 桐野たちをはじめ周囲にひた隠しにしなければならないわけではないけれど、泉でさえ聖華には後ろめたいことがあるのではないかと不審してしまうのだから、周りはきっとそれ以上だろう。

 変に噂されれば代谷の家に迷惑がかかるかもしれない。

 無難なところで情報流出は止めるに限る。


「ここに越してくる直前に嫁いできたので、その頃にはもう家中がばたばたしてて、あまりのんびり話す時間もなかったから」

 それは嘘ではない。

 とんでもないときに来やがって、と泉はたしかにあのとき思った。
 準備を手伝ってくれたことには感謝するけれど。
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