キミは聞こえる
「桐野、くん?」
「……」

 なにも言わない。

 肩に埋められる桐野の顔は冷たく、しかし触れる息は熱を孕んで泉の肌を滑り、胸に染みる。
 心が騒ぐ。
 桐野につられて、泉の心臓までもが音を立てて跳ね出す。

 いったいどうしたのだろう。

 これはもう調子が悪いという限度をゆうに超えているではないか。

「誰かに見られちゃうかも知れないから……っ」

 離そうと腕を掴んでみるけれど、筋肉の絡みついた桐野の腕は強く泉にしがみつき、微動だにしない。

 桐野の指先が身体に食い込む。
 痛くはない。強く押しつけられている感じだ。

 捻(ねじ)る余裕もなく、桐野の身体にきつくきつく包まれる。

「もう、設楽と一緒に、いないで……」

 くぐもった声で桐野は話し始める。

「サッカーのとき、おまえが怪我して、保健室に行って…そのあと、設楽と喋ってた、だろ?」
「どうしてそれ……」
「サッカーのあとの授業で、荷物運び手伝わされて、そんとき保健室の前、通ったら、二人の声がした」

 どくんと一つ、これ以上ないほど大きな音を立てて心臓が飛び跳ねた。

 絶句する。

 聞かれていた…?

 まさか、そんな―――秘密を、知られてしまったのか。
 もしそうなら。知られてしまったのだとすれば。

 桐野に抱きしめられていること以上に、泉の胸が激しく揺さぶられる。警鐘が頭の奥を打つ。背中をつうと冷たい雫が伝った。

 ふと、慣れた感覚で、桐野の心をのぞいてしまいたい、と思った。

 そうすれば、はっきりする。

 彼がなにを知っているのか、なにを聞いたのか。
 そうすれば違うと、読心などそんな本の中だけのこと、出来るはずがないと否定することが出来るから。


 それなのに―――。
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