キミは聞こえる
「おっしゃー。約束だからなー、ぜったいおはようって言うんだぞ」
「…………わかった」
うなだれる泉。
そんな彼女に気づくことなく桐野は言う。
「よしよし。それでいい」
……なんだ、その上から目線は。
癪に障る言い方が気にくわない。
用は済んだはずだ、こいつと話す必要はもうないだろう。一緒にいるとバカがうつる。家はもうすぐそこだ。玄関先まで送ってもらう義理はないし、なんだかもう無性に疲れた。
さっとポケットに手を突っ込むと泉は桐野の傍らを通り過ぎた。慌てて桐野が追いかける。
「代谷ー。なんで急ぐんだよ」
あんたがうるさいからだよ。
それと。
「寒いから」
長く止まっていたせいで、やっと温まりかけていた体がすっかり冷え切ってしまった。
早く家に帰って夕飯にありつこう。
シャワーでもいい。
「寒いのは俺も一緒だって。なー、もっとゆっくり歩いてくれよ」
***
翌日の朝。
キャラに似合わず緊張しながら教室のドアを開けると、おずおずと一番近くにいた女子のグループに、おはよう、と声をかける。
すると―――
「おはよう代谷さん」
ひどく驚かれたがちゃんと挨拶を返された。
すると、その直後から、ぞくぞくと泉の周りにクラスメイトが集まってきて次々におはようと言ってきた。
(な、なにこれ)
予想外の展開に半ば怯えるように狼狽えていると、遠くで桐野が泉に向かってにやりと笑うのが見えた。
桐野の顔は言っていた。
な、うまくいっただろ? と。
挨拶を返す頬が僅かに引きつる。
(うまくはいったけどね……)
いったけれどもだね―――
この状況は、さすがに行き過ぎですよ、桐野くん。
頬杖をついてこちらをにやにやしながら眺めている桐野に泉は胸の内で舌を打った。
そのさも俺のおかげというしたり顔に軽く腹が立つ。
桐野の思い通りに事が運ぶことに、すこし、悔しくも思う泉であった。