キミは聞こえる
「設楽って人が、私を運んでくれたんでしょ。さ、さすがに、無下に出来なくて」

 ―――出来なかった。

 声で訊くことは絶対に出来ないのに、彼の心をのぞくことも出来ない。
 胸を掻きむしりたいほど知りたくてしょうがないのに、彼の中をのぞき見ることはどうしてもしたくなかった。

 彼の心の中だけは。彼だけは。

 踏み込みたくなかった。

 怖かった。

 彼がなにを考え、なにを思っているのか。本人がいくら隠そうとしたとて、泉の力の前ではまるで無力なその壁を、なんの問題もなくすり抜けて、彼の心丸ごと知ってしまうことに、

 泉は恐怖に似たものを感じた。

「追いかえせば、よかったじゃん」
「保健室の先生がちょうど出かけるって言ったから、代わりに置いていったんだって」
「……話し、てたよな」

 この至近距離でも、風が吹いたら聞こえなかったかも知れないほど、弱々しい声で桐野は尋ねた。

「聞いてたの」
「声だけ。内容までは、わかんなかった」

 桐野の言葉にほっとする一方で、ああそうか、と泉は思った。
 これでようやく合点がいった。

 今日。夕暮れの教室。桐野が掃除用具入れの前でどうしてあのようなことを訊いたのか。

『おまえさ……もう設楽のことは、なんともおもってねーの?』

 設楽のことが大嫌いだと、桐野が一番よくわかっているはずなのに、それでもそう尋ねてきたあのとき、すごく腹が立った。

 しかしそれにはちゃんとわけがあったのだ。

 二人きりの保健室で泉たちが会話をしていたら、そう勘違いしてもそれはしょうがないだろう。

「話すって言うほど話してない。目を見てもいない」
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