キミは聞こえる
 翔吾のことに関しては話したと認めざるを得ないけれど、後者は事実だ。
 視界に入ったときにちらりと見えた程度である。

「設楽のこと、好きじゃねぇよな」
「好きじゃない。誰に質問してるの、って言いたくなる」

 すると、すこしだけ、桐野が震えた。

「そっ、か……」

 腕が緩んで胸に空気が流れ込む。
 けれど、緩んだだけで、完全に離してはくれなかった。

「ごめんな…」
「なにが?」
「そんなことねぇって、言い聞かせても言い聞かせても、代谷のこと、疑った。もしかしたらって……」

 語尾が震えて、桐野の喉が上下する。

 あいもかわらず正直な人だ、と思う。
 そんなこと、無理して打ち明けなくても、気にしてないのに。

「いろいろやられすぎてそれがかえって好きに結びついちゃったかもって?」
「そ、そこまでは思ってねーけど……………いっ、いや、でもちょっと思った」
 
 結局、正直に申告した後、触れ合った頬がきゅっと上がった。たぶん、強くまぶたを閉じたんだろうと思う。

 その反応が、ちょっとだけ、可笑しかった。あんまり素直すぎて、なんだか愛おしさを覚える。

 堪えきれずとうとう噴き出すと、なっ、なにがおかしいんだよ! とちょっとだけ桐野は焦った声を出した。

「可笑しいものは可笑しい」
「おっ、俺は、真剣におまえを心配してだな―――」
「わかってる」

 遮って、桐野の唇を人差し指で軽く押す。

 薄闇でよく見えないけれど、ぼんやりとした街灯の明かりが彼の横顔を仄かに照らし出す。ちょっと、驚いた表情だ。
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