キミは聞こえる
「ご、ごめん」
 
 入り口を塞ぐようにしてバケツを待っていた桐野含め雑巾隊の奥から佳乃のあいわからず弱々しい声が聞こえてきた。

 ……彼女は、ほんとうに、中学時代、しおりを隠したりなどという愚かなことをしたのだろうか。

 真相は知れないままだ。
 彼女の性格上、そんなことは出来ないはずだ。よっぽどのことでもない限り、おそらく無理だ。
 それとも、そのときも千紗たちにされたようにばかされ、まんまとはめられたのか。

 しかし、それならば、何故……?

 他の生徒が彼女をキモイ、見るなと蔑む中、桐野や小野寺は変わりなく接している。彼らはなにかを知っているのだろうか。

 桐野はなにがあってもそれまでどおりを続けそうな気がするけれど、小野寺という男はどうなのだろう。周囲に流されることをしないのだろうか。わからない。

 ぞうきんがけの間、掃き掃除をしている間は雑巾隊がそうだったように、泉たちにやることはない。窓際の邪魔にならないところに引っ込み佇んだまま、ぞうきんがけが終わるのを待つ。

 ……なにが。

 なにがそこまで、佳乃を追い詰めたいと、千紗たちの心を駆り立てるのだろう。

 中学までは友達がいたと言っていた。
 しかしその中学で、なにもかもがおかしくなった。

 彼女は泉と知り合ってから必要以上にきょろきょろ首を動かしたり、がくがく身体を震わせなくなった。
 もちろん、完全になくなったわけじゃない。まだ、癖が出ることはたしかにある。あるけれど、確実に減ってきているとわかる。なぜなら泉は彼女と同じ列に席を設けているのだから。見ようとしなくても、見える。わかる。

 もし、泉がいることで改善されたのなら、友達がいた中学時代に同じ事をやっていた可能性は低い。

 佳乃を観察する限り、彼女から嫌悪を感じるとしたらそのことくらいしか考えられないのだけれど、ならば何故、挙動不審に陥る前の彼女がいじめのターゲットにされてしまったのか。
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