キミは聞こえる
 小野寺に言われたとき心で否定したのは、やはり間違いではなかったようだ。
 肩を落として息を吐いたところで、

「なにしてんだ、そんなとこで」
「ああ兄貴。ううん、なんでもない。飯は?」

 玄関の戸を開けて悠士が顔をのぞかせた。
 家の真ん前で立ち尽くす弟に兄は眉をひそめ、わからんやつだと言うように首を傾げた。

「俺は済んだ。康士もおふくろも終わって、親父だけ酒飲んでる」
「どっか行くの?」
「こんな時間からどこに行くって言うんだ。おまえの姿が見えたから出てきただけだ。入らないのか。入らないなら閉めるぞ」
「ちょっ、入るよ! 入るに決まってるだろ」

 入らなかったら畑で野宿じゃねぇか。

 といちおう言ってみるものの、焦る弟などまるで気にしない悠士はそのまま戸を戻そうとする。閉められてしまう前にと、桐野は家に滑り込んだ。
 悠士を軽く睨みつける。

「ひでぇ兄貴」
「俺が飯の時間に間に合ってどうしておまえはこんなに遅ぇんだよ」
「喋ってたから」
「ハッ。女子みてぇなことしてんじゃねぇよ」

 カッとした。

「兄貴だってクラスメイトとか部活の仲間と喋んだろ!」
「帰宅時間に影響するほど話すことなんかねぇ。てめぇは無駄話が多すぎんだよ」

 言いながら玄関の鍵をかけ、踵を返す悠士の背中を睨め付ける。

「兄貴はすこしはお喋りってもんを学習した方がいいんじゃねぇの? そんな堅苦しい話し方しかできないんじゃあいつ友香姉に愛想つかされるかわかったもんじゃねぇな」

「落ち着きのねぇおまえじゃいつ代谷んとこの居候に愛想つかされるかわかんねぇな」

「……は?」

 悠士は片眉をくいと上げた。

「まぁ、相手にされてるのかも怪しいところだがな」

「はァっ!?」
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