キミは聞こえる
 人が気にしていることを、よくも……ッ。

 気づけば悠士の胸ぐらを掴んでいた。鋭い視線が桐野へと一直線に落とされる。
 兄は低い声で弟を侮蔑するように言った。

「俺にあたるんじゃねぇ。手を離せ」
「別にあたってなんかいねぇよ」
「あたってんだろうが、あ? 俺に八つ当たりしたところでなんも変わんねぇぞ」
「だからしてねぇっつってんだろうがッ!」

 声を上げる桐野とは正反対に、落ち着き払ったままの悠士は噛みつく弟を嘲笑うように鼻を鳴らした。

「八つ当たりじゃないなら何で俺がてめぇに掴みかかられなきゃなんねぇんだ。弱虫が」

 途端、頭の奥でなにかが弾ける音がした。

 と同時に、悠士を壁に叩きつけた音と重なって、どちらがどちらか判断できなかった。どうでもよかった。

 弱虫。

 その言葉が、ぎりぎりのところで保たれていた理性を手放す鍵となり、桐野は激昂した。

「なんだと――」
「人に当たらなきゃやってけねぇような腑抜けが一丁前に恋なんかしてんじゃねぇっ」

 ぼっと、火が点いたように顔が熱くなる。

 なんで、兄貴が俺が恋していることを知っているのだろう。

 心を見透かされたようで怯みそうになる心を叱咤する。

「だっ、誰が―――」
「選手に決まったわけじゃないにせよ、試合を控えたこの大事なときに雑念なんざおっ広げて勝手に動揺したあげく、他人に八つ当たりしやがって。チッ、恥ずかしくねぇのか」

 視線を外し忌ま忌ましげに兄は舌を打つ。

「兄貴になにがわかんだよ」
「ちょっ、ちょっと! なにやってんだよ二人とも!」
< 332 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop