キミは聞こえる
「おそろいでどちらへ?」
「……なんだそのふざけた言い方は」

 突っ込んだのは小野寺だ。泉同様、やや引き気味に設楽へ視線を向ける。

「り、理事長室、に。呼び出されて…」
「なんかしたのか」
「お、思い当たることは、な、なないんだけど」

 ねぇ、と佳乃に目を向けられ、無言のまま浅く頷く。一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
 でなければ、また……――。

≪そうだ聞いて代谷サン! 俺ね、スタメンに選ばれたんだよ! 一年でたった一人! すごいでしょ、ねっ、すごいでしょ≫

 こうなるんだよ。
 ったく……厄介な男だ。

≪厄介は言い過ぎじゃないかな≫
≪だったら話しかけてこないでよ≫
「栗原さん、行こう」
「うっ、うん」

 構ってられないと二人を避けて進もうとしたとき。

 手を伸ばした設楽に泉は腕を掴まれ、そのまま捻られた。露骨に眉をひそめて泉は男を睨みつける。

「ちょッ、離してよ」
≪あんまり俺に冷たくしないほうがいいよ≫

 そう言いながらさらに設楽はぐっと顔を近づける。
 廊下の隅でお喋りに夢中になっていた女子たちがきゃあっと黄色い声を上げた。

「おい、設楽!」

 肩を掴む小野寺の声を無視し、設楽は捻るだけでは飽きたらないのか泉の身体を強引に引き寄せた。いっそう顔が近づいて吐き気を覚える。

「なんでわかってくれないかな」
≪冷たくする以外にどう接しろって言うのよ≫

 傍から見れば口説いているだけの色っぽいそれにしか見えないかもしれない。

 しかし、当人同士は甘さも艶っぽさの欠片もなく、ただ相手の出方を探るためだけに見つめ合っている。視線をはずせばなにをされるかわかったものではない。

 今度なにかしてみろ。
 その無駄に綺麗な顔面に容赦なく頭突きを食らわせてくれる。
 
「いい加減にしろ馬鹿―――」


「なにやってんだ!」
< 337 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop