キミは聞こえる
「……あたりまえだよ。人いっぱいいる中で腕つかまれて、冗談じゃない」
「恥ずかしさ感じてるより、怒ってるってほうがよっぽど際立ってたから。周りなんか見えてないと思った」

 ――まぁそれも紛れもない事実だが。
 設楽を前にして、ましてや乱暴に腕を捻り上げられて、縮こまってなどいられるものか。
 設楽と接する際にはいつ何時であろうと全力で怒りを露わにし相対する、そう決めた。

 しかし、そんな私だって、それなりに気にするべき場所では周囲を見ている。
 矢吹に運ばれそうになったのを拒否し続けたのだって周囲の目を気にしたからだ。

 よくぼーっとしていると言われるが、なにをするにしたって無関心なわけではないことをわかってほしい。

 ドアを叩いて声をかける。

「代谷です」

 奥から椅子が床を滑る音が聞こえた。

「入りなさい」
「失礼します」
「しっ、失礼します……」

 室内に足を踏み入れると、理事長はソファを促した。並んでソファの前に立つ。

「座って」

 理事長とはいえ共に生活をしているおばあさんを前にして緊張などしない。
 なんということもなく浅く腰掛ける泉と違い、廊下を歩いているときから妙にソワソワと落ち着きのなかった佳乃はソファにかかとをぶつけ、尻餅をつくようにぼっふんとソファに座り込んだ。

 ソファが波を打って思わず泉の身体も浮く。

「大丈夫?」
「だ、だいじょ―――うっ、すっすいません!」

 テーブルを挟んで向かい側のソファに座った理事長はくすと笑った。
 それを見てますます佳乃は赤面し、肩を縮める。

 ほんと、この子は……。

 早く帰りたい泉は心の中でため息をつきながら理事長に尋ねた。

「なにかあったんですか?」

 理事長は軽く咳払いをして、

「そう、これなんだれどね」

 と、テーブルに一枚の写真を置いた。


 途端、あっ、と二人の声が重なった。
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