キミは聞こえる
 促されたのは理事長席だった。肘置きと、頭までくつろげる背もたれの付いたゆったりとした革張りの一人用チェア。なかなか座り心地がいい。
 くるりと半回転されて部屋を見渡せるようになる。

 理事長はどこからか卓上鏡を持ってくると泉の顔の前に置いた。
 続いて、引き出しから櫛とアメピン、ゴム、スプレーを取り出すとおもむろに泉の背後に移動した。

「…なんですか?」
「私ね、小さい頃の夢は美容師だったのよ」

 いきなりなんの話か。
 髪を梳かし終えると、理事長は手のひらにワックスらしきものをのばしこすり合わせはじめた。

「そうだったんですか」
「だからね、女の子の髪をいじるのが好きなの」

 だからって別に学校で遊ばなくてもいいのではないか。

 などとは口が裂けても言えないので、はぁと無難な相づちを打ちながら理事長の指が髪を梳いていく様子を鏡越しにぼんやりと眺める。

 髪全体がしっとりとしてくると、てっぺんに近い位置に髪を一本に結いはじめた。この人も私の髪をポニーテールにするつもりか。

「それなのに嫁はいつだってボブショート主義でしょう? アイロンあてるくらいしか遊べなくて。友香はいつもあんなんで引き留められないし」
「毎日忙しそうですもんね」
「まったくいつ悠士くんとデートしてるのかしらね。たまには相手にしてあげないといくらあの子でも寂しいんじゃないかしらねぇ」

 しみじみと言う理事長の視線の先は窓の外へ向けられていた。グラウンドを見ているのだろう。

「理事長もご存じだったんですか」
「ご存じもなにも両親でさえ知ってるわよ。それも両家、ね」

 マジかよ。よく認めたな。

 理事長の手が離れる。満足のいく形のポニーテールが決まったようだ。が、それだけでは理事長の手は止まらなかった。
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