キミは聞こえる

「か、かわいい」
「ばあちゃんが喜ぶよ」
「理事長が?」
「好きなんだって、髪をいじるの」
「そ、そうなんだ。思えば理事長の髪型っていつも綺麗だよね」

 どうでもいい会話がしたかったのならまたの機会にして欲しい。
 今は一刻も早く家に帰りたくてしかたがないのだから。

「そうだね。じゃ、私、急ぐから」
「えっ、あ、あの……っ」

 このはっきりしない喋り方も周囲に嫌悪を抱かせる原因なのだろうな、とこういう状況になって改めてそう思う。苛々する。
 もっとテンポよく話せないものか。

 だがまぁ急ぐとはいえ、ピアノは一人では動かない。時間なら、作ろうと思えばあるにはあるのだ。

 仕方なく、踏み出した足を引っ込める。

「まだ、なにか?」

 尋ねると、佳乃は視線を落とした。泉の目を見ては言えない内容であるらしい。
 胸のあたりで落ち着きなく指先をいじっている。

 これはまだしばらくかかりそうだな。

(………しょうがないか)

 だって、この子だし。

 泉は腹を据えると、しぶしぶ佳乃に身体を向けて言葉を待つことにした。
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