キミは聞こえる
 遠くの空に夕陽の色が見えた。
 この時間帯になると、まだ昼間とそう変わらない空の色でもどこか違って目に映るようになるから不思議だ。
 放課後、とい開放的な時間が人の心に余裕をもたらすからなのだろうか。それともただ、なんとなくそう感じるだけなのか。

 まだ授業が終わってからさほど時間が経っていないにもかかわらず、廊下には泉たちの他に人の姿はない。

 人が消えていく様子というのを目にしたのは、桐野を待ち続けたあの日だけだけれど、あの日がきっと普通なのだろうと思う。

 授業が終わって三、四十分ほどはお喋りに夢中になっている生徒が大勢いた。それなのに何故、今日はこんなにも静かなのだろうと考えて、教室の壁、張り紙に気づく。

 そう、来週末はテストだ。
 勉強のために帰ったのだろう。いい心がけだ。

 だが、質問する生徒はいないのだろうか。
 栄美には、テストがあろうとなかろうと、しょっちゅうノートと教科書を抱え職員室に向かう人、その逆に、用を済ませて帰ってくる生徒がそこらじゅうに見受けられた。

 全員が全員、授業ですべてを理解できるとは到底思えない。

 しかし、彼らは職員室へ足を運ぼうとはしない。

 試験というものに対する姿勢が、栄美とはかけ離れているのだろう。

 いくらテストまでまだ日数があるとはいえ、泉の感覚では、来週と聞くだけで頭の中はテスト一色に切り替えられるようになっている。

 試合が近いから仕方ないのかも知れないけれど、いまだにボールを追いかけるサッカー部、野球部の背中を見るたびに信じられないと思わずにはいられない。栄美では決して見られなかった光景だ。

『泉がこの学校で三年間を過ごし通すことが必ずしもあなたのために役立つかわからない』

 理事長の言葉を思い出す。

 栄美でしごかれ、食らい付いて来た泉の実力は伊達じゃない。

 別に、とりわけ勉強に対して苦しみも悔しさも悩みも感じたことはないけれど、気づかぬうちに鍛えられていたのだろうとは思う。
 それは、この学校に来てから身を以て日々感じている。


 彼らのやっていることは、正直、ままごとくらいにしか思えない。
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