キミは聞こえる
 はっとして、自然、顔を背ける。

 本人に一番言わせてはいけないことを言わせてしまった。

 泉は己の軽率さを悔いた。

 佳乃の声が木霊して胸を締め付ける。

 しまった、とおもったけれど、その痛みを押しのけて言葉が洪水のように身体を這い上がってくる。その勢いは、どうすることもできない。

「……あの人は、普通に話しかけてくれる」
「周りは、違うよ」
「そんなこと、気にするような人に見えないけど」

 佳乃はほんのすこし間を空けて、ほんのすこしだけ笑みを浮かべた。

 しかし、彼女のその顔が泉を和ませることはなく、むしろ、見れば見るほど痛々しく感じられるばかりで、よりいっそう泉の胸を締め付けた。

「優しいから。すごく、優しい人だから、そうかもしれない。……だけど、本人が嫌がってくれなくても、周りの人がどう見るかは、別の話だと思う。だから私は、このままでいいの」

 グラウンドに視線を向けて、佳乃は目を細めた。

 彼女は、これまでにどれだけの苦渋を舐め、耐えてきたのだろう。
 奥歯を強く、折れそうになるくらいまでぎりぎりと噛んで、涙を呑み込んできたのだろう。
 
 好いた男に好きと言うことも出来ず、友に相談することも出来ず、親に話せる内容でもない。

 抱え込んできたのだ、一人で。

 ずっと……。


 ずっと、何もかもを。

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