キミは聞こえる
「どうしても渡したいなら、二人きりのときに渡せばいい。それも、駄目なの?」
「それは、私の、勇気の問題だから」

 そう、それでいいのだ。

 それだけで、いいのだ……それだけで………。

 何故、自分を不幸の導き手のように言わねばならない。

 佳乃は、ただの年頃の女の子じゃないか。泉のようにおかしな力があるわけでもない、ただのふつうの女子高生じゃないか。

 周りがするような当たり前の恋を、何故彼女だけは当たり前に出来ない。

 こんなのはおかしい。絶対に、まちがってる。


 ……けれど。


 それを笑顔で受け止めようとしている佳乃が一番どうかしてる。
 努力と我慢の使い道を間違いすぎてる。愚かにもほどがある。
 
 夕焼けが時間とともに眩しさを増して、泉は顔を背けた。

 見ていられなかった、

 佳乃の背を。

 見ていたくなかった、

 彼女を苦しめる無慈悲の世界を。


 歩き出した佳乃について数段を降り、引きずるように門へと向かう。不思議と怒りは鎮まっていた。代わりに、底知れぬ切なさが泉の全身を包み、ため息がこぼれる。

 なにもかもが、嫌だと思う。

 こんなの、あんまりじゃないか……。
 

「お団子って、むずかしいのかな?」
「……は?」

 いきなり話題が変わり、気重になっていた泉は言われた意味がとっさに理解できなかった。

「それ、頭の。すごく、可愛いから、私も、やってみたいなぁって」
「さぁ…私がやったんじゃないから」
「あ、けっこうカツカツしてるね。スプレーで固めたんだ」
「うん。ポニーテールを高いところに結んで、そのゴムの周りに髪を巻き付けるみたいだったけど」
「そうなんだ。今度、私も練習してみよ」

 毛先を弄びながら佳乃は笑った。

 泉は頷き返すばかりで、浮かぶ返事の数々を喉から先、声にすることがどうしても出来なかった。

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