キミは聞こえる
「晴れてスタメンになれたわけですが、さて小野寺くんは報告するんでしょうか?」

 今度は桐野が意地悪な言葉を向けてみる。丸めたタオルをマイクに見立て、小野寺の口許に伸ばした。

 それを笑いながら手の甲で押しのける。小野寺は立ち上がり、なにか言いたげな顔をして、しかし口を動かすことはせず、薄藍の空に視線を向けた。

「……タイミングが、難しいな」
「電話すりゃあいいんじゃね」

 かけようかけようとして挫折しては掛け布団に抱きついて悔しがっている自分のことは棚に上げて、他人のこととなると滑らかにそんなことも言えてしまう。

「まぁ番号は知ってるからな。かけようと思えばかけれんだけど――」

 余裕の口ぶりに衝撃を受ける。返り討ちにあった気分だった。
 そして、小野寺の言葉はそれだけでは終わらなかった。続きがあった。

 なにやら物憂げな面持ちで、小野寺は言った。

「帰りの顔見たら、今日は無理だなって思った」

 放課後の昇降口、いつもよりやや遅い時間に校舎から出てきた代谷のすぐ後ろには栗原がいた。

 いや、正確に言うならば、団子頭のちょっと可愛い子が出てきたな、と思ったらその後ろを栗原がくっついて来て、なにやら親しげに話していることから気になって目を凝らしてみたら代谷だった。

 一瞬で目を奪われて、練習中にもかかわらず思わず足を止めてしまいそうになった。

 廊下で設楽がとんでもない手段に出ている現場に出くわしてからというもの、練習がはじまっても苛々が収まらず集中力に欠けていたときのまさに不意打ちだった。

 どういう流れでいつもの自然体ヘアーがあの頭になったのか激しく気になったけれど、考えるより見惚れるほうに頭は全力で突っ走ってしまい、怒りもサッカーも全部忘れた桐野のビジョンにはお団子頭の娘しか見えていなかった。

 小野寺の言っている相手はおそらく栗原のことであろうから、残念ながら桐野には見えていない。

 ただ、栗原と話す代谷の表情がときおり苦しげに引きつっていたのは気づいたけれど。
 そのこととなにか関係しているのだろうか。

「栗原がどうかしたのか―――」
「ばっ、はっはっきり名前言うんじゃねぇよ!」
< 360 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop