キミは聞こえる
 強く口を塞がれて、慌てて手を合わせる。うっかりしていた。

 日焼けでも夕焼けでもない赤が小野寺の頬にみるみるうちに広がっていく。

 マジで恋してんだなぁ、とその顔を見て確信する。―――いや、別に疑っていたわけではないけれど、まだ、頭のどこかでは、かすかに…ね。

「まだそこらへんに女子がいんだからよ。聞かれたらどうすんだよ」
「わ、悪い……」

 言いながら横目でフェンスを示す小野寺。つられて桐野も見る。
 と、そこにはなにやら熱心な眸でこちらに視線を送る女子たちがいた。

 誰を待っているのだろう。

 二年、三年のメンバーはとうに帰っている。悠士他、スタメンに選ばれたは者たちは桐野たちと同じく練習が終わってからも自主練に励んでいたが、その悠士たちもいまはもう教室へ下がり着替えを始めている。

 残っているのは桐野と小野寺の二人きり。

「小野寺に用があんじゃねぇの?」声を落として訊く。

 と、「はぁ?」と小野寺は声を裏返らせた。そして、呆れたように息を吐く。

「えっ。なに、その反応―――」
「あっ、あの、桐野君」

 不意に聞いたことのある女子の声が耳朶を打った。たぶん、話したことはない。ただ、中学が一緒のため、名前と顔は一致している。

「えっと、たしか三年のとき二組だった仲吉(なかよし)さん、だよね。俺になんか用?」

 仲吉の背後には女子がもう二人いた。何事かを仲吉に囁くと、彼女の背を軽く押して一歩二歩と下がっていく。そしてなぜか小野寺も桐野の後ろに回ると、

「泣かせないよう、上手くかわせよ」

 とわけのわからないことを忠告すると、そのまま立ち去っていった。

「おい、小野寺」
「あ、あの……っ」

 呼んでみるものの、やつに振り返る気はないらしく、小野寺がいなくなるとここぞとばかりに仲吉が踏み出してきたので追いかけるにも追いかけられない。
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