キミは聞こえる
 仲吉が近づいて、若干、たじろぐ。

 そのとき、はっとした。
 この雰囲気、この顔、この様子。

 経験した覚えがある。相手は彼女ではなく、別の人。

 それは同級生だったり、下級生だったり、上級生だったりしたが、そのときもこのように一対一にさせられた。

 ふいに仲吉は両腕を桐野に向けて差し伸ばした。指に挟まれたミサンガが両端をくったりさせていた。

「……す、好き、です。よかったら、付き合ってくれませんか……?」

 涙目とまでは行かないが、僅かに潤んだ瞳で仲吉はそう言った。

「――ありがとう。でも、ごめん」

 仲吉の肩が小さくふるえるのを桐野は見逃さなかった。しかし、慰めの言葉をかけるわけにはいかない。

 かければ、彼女はさらに傷つくことになる。それが、わかったから。

 一度、悠士が告白されている現場を見たことがある。
 やつは、こんなとき、こう返す。


『彼女がいるから』


 すぱっと容赦なく切り捨てる。

 せめて、ありがとう、の一言でも言ってやらないものか、とそのあと泣いて友に抱きついていた生徒を見て、さすがに心苦しさを覚えた桐野は兄に注意した。

 すると悠士は己の冷たさを省みるどころか、むしろ、盗み聞きなんて趣味の悪いことしてんじゃねぇ、と弟を厳しく叱りつけた。若干十五歳とは思えぬ迫力に、危うく失禁しそうになった。

 それでもやはり相手の気持ちを蔑(ないがし)ろにする兄が許せず、悠士の怒りが鎮まってから、それとなくなにも言わない理由を訊いてみた。

『友香以外の女に優しい言葉をかけることは、友香を裏切ることになる。きっぱり断ることは、向こうにとって必要なことだ』

 ようするに、友香以外の女にたいする興味はほんのひと欠片もなく、甘やかせばその分、自分を諦める踏ん切りがつかなくなりかえって苦しませるだけだ、ということだ。

 理屈はわかっても、どうしても悠士の断り方は顔と同じで厳しすぎると思う。

 だから桐野は必ずありがとうとだけは言うようにしている。好いてくれた気持ちを切り捨てるようなことだけはしたくない。

 意を決して想いを打ち明けてくれた女の子たちの胸の内を思ったら、とても悠士のようには振る舞えなかった。
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